設立総会宣言

 丹波マンガン記念館は、初代館長である李貞鎬さんによって、1989年5月に開館されました。李貞鎬さんは病のため1995年3月に没しましたが、彼の思いは、家族の献身的な努力と負担で20年にわたって受け継がれ、維持されてきました。そのようなもとで、李貞鎬さんのご子息である李龍植館長は、やむをえず「閉館」という苦渋の選択をされました。

 わたしたちは、丹波マンガン記念館の「閉館」の報に接し、これを何とか「再建」することができないかと協議してまいりました。それは、この記念館が次のような意義をもつものと考えるからです。

 丹波マンガン記念館は、何よりもまず、歴史遺産としてすぐれた価値をもっています。それは、日本の植民地支配と戦争の歴史を記録するものであると同時に、地域における産業史の遺産としても貴重なものであり、そこには地域の生産と労働の歴史も刻まれています。李貞鎬さんは、この記念館を「わしの墓、わしらの墓」と呼びました。その意味で、戦時中の強制連行も含め過酷な労働に倒れた人々の追悼の施設でもあります。

 丹波マンガン記念館は、過去に学び、平和な未来の創造に向けた決意を固める平和博物館であり、教育・研究施設としての価値をもっています。それは、歴史教育だけでなく、理科教育にとっても貴重なものであります。

 以上のようなことから、わたしたちは、ここに「丹波マンガン記念館を再建する会」を設立するとともに、記念館の運営母体として「一般社団法人丹波マンガン記念館」を設立し、丹波マンガン記念館の「再建」に取り組んでいきたいと決意するに至りました。この取り組みが容易なものではないことを十分認識していますが、平和を希求し、過去の歴史に向き合う個人、団体のみなさまの協力を得て、必ずや達成できるものと確信いたします。

 これまで李貞鎬さんやご子息の李龍植さん、そしてご家族の尊い精神によって維持されてきた丹波マンガン記念館は、公共的な性格を明確にして再出発することとなります。丹波マンガン記念館が再び「開館」されるのは、奇しくも2010年に迎える「『韓国併合』100年」の年と重なることとなりましょう。わたしたちは、この事業が、歴史の事実と真実を明らかにし、反省と和解を進め、21世紀の東アジアにとってかけがえのない意義をもつものと考えるものです。

 どうかわたしたちの思いをご理解いただき、丹波マンガン記念館を「再建」する事業をともに進めていただきますようお願いいたします。

2009年3月28日
丹波マンガン記念館を再建する会設立総会参加者一同


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