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刊行にあたって

 今年2010年は1910年に日本が「韓国併合条約」を強制的に押しつけてから100年目にあたる。「韓国併合」100年市民ネットワーク(以下、「100年ネット」とする)は、この重要な節目の年を目の前にして、日本の過去の朝鮮半島における植民地支配の罪責を省み、その歴史責任を果たすための行動を提起すべく2008年10月25日に設立された。

 「100年ネット」の設立準備は2008年の初夏から動き始めていたが、本格的な議論が始まったのは同年8月29日に開かれた準備会からである。それから10月25日の創立総会まで、私たちは「いま、なにを、いかになすべきか」を真剣に議論した。そのときの議論を集約的に表現した文章が、3ページに掲載した「反省と和解のための市民宣言」である。例えば、私たちの活動の根拠を『世界人権宣言』の「同胞の精神」(brotherhood)に置いたのは、「国民」の枠を越えて活動することを示す公然たる意思表現である。また、植民地支配の歴史的事実を知って省みることを市民の「歴史責任」としたのは、「知らないですますこと」に悪意なき罪深さがあることを表現したものであり、そして私たち自身に対しては、省みるからには、未解決の諸問題に取り組むべき責任を帯びることを明確にした。

 こうして迎えた2008年10月25日の設立総会に、私たちは李玉善さん(元日本軍「慰安婦」)、李煕子さん(靖国合祀取下訴訟原告)、蓮池透さん(北朝鮮拉致被害者家族)の3人をお招きし、彼らの肉声を聞きながら、これからの行動と思想について考えをめぐらせた。これはとても有意義なひとときになったと思う。実は、創立総会の実現に至るまで、事務局にはメールや電話で、「なぜ蓮池を呼ぶんだ」、「拉致被害者の問題と従軍慰安婦問題をごちゃまぜにする気か」などの抗議や疑問の声も少なからずいただいた。蓮池透さんは当時すでに「拉致被害者家族連絡会」の副代表を退き、「救う会」との関係も絶ち、「北朝鮮は悪だ」とばかり主張する勢力に対して公然と批判を始めておられたのだが、そのことは一般にはまだ余り知られていなかったのである。その蓮池透さんは大勢の総会参加者の前で「拉致問題は普遍的な人権の問題であるから、『慰安婦』問題や強制連行を否定する人には拉致問題を語る資格はない」と明快に述べられた。そして、その日の夜のレセプションでは、私たちと同じ空間でゲストの3人が固い握手を交わされた。この日のことは、私たちの活動の出発点として、ずっと記憶にとどめておきたいものだと思う。

 続いて2009年3月には、「100年ネット」は「なぜ安重根は伊藤博文を撃ったのか?」をテーマに、安重根遺墨・関係資料展(3月26日~4月1日)と日韓国際平和シンポジウム(3月28日)を龍谷大学で開催した。公開された安重根直筆の遺墨3筆ほか関係資料は、龍谷大学が岡山県笠岡市にある浄心寺から寄託を受けて貴重図書として保管しているものであるが、これを安重根が処刑された99周年の命日(百回忌)にあたる3月26日から公開し、安重根と伊藤博文を通して日本の朝鮮植民地支配を省みる機会を提供することができた。その後、そして今後の様々な取り組みについては公式ウェブサイト(http://www.nikkan100.net/)をご覧いただきたい。

 このブックレットは2009年10月10日に「100年ネット」第2回総会を記念して開かれた公開講演会の内容をまとめたものである。講演会の趣旨は「韓国併合」そのものを正面から学術的に取り上げ、基本的な知識を基に日本の市民が植民地支配の罪責について考える機会を提供することにあった。この講演会の内容は、ここまでの「100年ネット」の活動成果の一端を広く一般の皆さんに知ってもらうにふさわしいものである。
ささやかな営みではあるが、朝鮮植民地支配100周年を迎える本年にこのブックレットを世に問うことができることを嬉しく思う。このブックレットが日本列島と朝鮮半島の草の根から、この100年を問い直すさまざまないとなみを芽ぐんでいく一粒の種になることを願ってやまない。私たち「100年ネット」はこれからもそんな種を蒔き続けていくことにしよう。

「韓国併合」100年市民ネットワーク事務局次長・立命館大学教員 勝村誠